長遅延エコー現象の不思議2019年04月01日

エイプリルフールにふさわしいかどうかはわからないが、アマチュア無線でのミステリーの代表的なものがこの長遅延エコー。英語でLDE Long Delayed Echoと呼ばれる。発射された電波が長く遅れて届く現象。送信者自身が時間の経った後に自分の信号を聞くという例が多い。電磁波は真空中を光速およそ30万km/秒で伝播する。電波が地球を一周するのにかかる時間は約0.14秒程度。通常短波帯では電離層の状態が良い時には地球を一周する信号を捉えることができる。アマチュアの短波通信では相手との最短経路での電波伝播をShort path その反対の遠回りの伝播をLong pathと呼んで区別している。状態の良いときはこの両方の伝播が発生することがあり、信号はエコーを伴いながら聞こえる。このようなときに自分でモールスの短点を送信すると送信から受信に切り替わる瞬間にその信号を自分で聞ける場合もある。このような場合の信号の遅延は0.14秒以下である。しかし時としてこの時間を超える遅延がレポートされることがある。0.3秒から数秒という長い遅延も報告されている。しかし驚くべきことに、数分以上の遅延のレポートもあり、中には1時間以上の遅延まで報告されるようになった。このような現象の理由づけとしていくつかの仮説が挙げられている。例えば1.電離層での地球一回り以上の多数回の周回伝播 2.地球磁気圏が宇宙の遠方まで伸びているのに沿う伝播 3.月や他の惑星あるいは宇宙にある何らかの電離した領域での反射。4.イタズラ など。まず1.は2回くらいまでの周回伝播は十分受信できる可能性があり有力だが、それでもせいぜい0.3秒以下。それ以上は電磁波の減衰を考えると現実性がない。2.のような伝播は未確認。3.のような天体における何らかの反射はありえないことではないが、減衰が大きすぎてとてもアマチュアが普通の設備で受信できるような電界強度は考えにくいしそのような現象は未確認。等々で結局原因については謎のままである。本当にこのような長遅延エコー現象自体存在するのか?あるいは単なる第三者の録音再送信のようなイタズラによるものに過ぎないのかはまだ結論が出ていない。

読書 神々の愛でし人2019年04月02日

神々の愛でし人(インフェルト著、日本評論社)原題Whom the gods love は二十歳で亡くなった天才数学者ガロアの生涯を描いたもの。ガロアは中学生時代から数学の論文を提出するなどしていたが不運にも認められなかった。教師たちはガロアの能力を理解できず、ガロアはエコールポリテクニークの試験にも落ち、仕方なくエコールノルマルに入学する。18歳の頃にフランスの7月革命を体験するが、王政に対立する共和主義者として学生運動にのめり込む。彼は英雄的な政治運動に憧れたが、共和主義者の間にさえ尊敬に値する人物ばかりでなく、侮蔑して闘わねばならない人物もいることを知る。英雄的行為と卑劣なやり口、誠実と犯罪、すばらしい頭脳と愚鈍。彼が見る風景は光と影の世界だった。彼は闘争の中で逮捕されて投獄される。その後刑期を終えて彼が20歳の時、共和主義者の友人と女の取り合いとなり決闘に及ぶことになるが、その前日に死を意識した時、彼の数学理論を残さねばならないと気づく。当時の代数学の関心の一つは5次方程式の根の公式を求めることだったが、ガロアより早くアーベルが5次方程式は代数的な一般解がないことを証明した。しかしガロアは方程式そのものを解くのではなく、その性質である解の対称性に着目して解の有無を判定できる方法を発見した。これにより5次方程式に限らず何次方程式であっても解の有無を判定できるようになり数学の革命を導いた。このような素晴らしい才能を持ったガロアが一方ではつまらない決闘で命を落とすという対照的な行動を取るのも同じ若者の心の表裏の対称性なのかもしれない。この本の第二版は1969年だが、訳者は1830年代のガロアなどの学生運動と1960年代末に世界中に見られた大学紛争の問題との内面的な繋がりを第二版へのあとがきで指摘している。

隣の桜2019年04月03日

桜の大木がすぐ隣にあるので家の中から毎年季節を感じられる。今朝自宅から撮影した、家の隣の桜。七分咲きか満開手前くらいだろうか?東京などに比べて北関東は開花が遅かった。桜は一般的には好まれるので、無粋かもしれないが隣に住む身としては花びらや葉が大量に散るので掃除は大変だし雨どいは詰まるし毛虫も発生などで悩みの種でもある。どんなものでも遠くから眺める位が良く、近過ぎては粗が目立つのが世の常。

7MHzQRP送信機2019年04月04日

家に残っている最も小さく小出力の電信送信機。これを久しぶりに通電試験してみた。画像は右のRF電力計で出力測定しているところであるが2W以上の出力が出ているのが確認できる。7MHz用で、発振は最も入手しやすい7000kHzの水晶を使い、直列にバリコンを入れてコイルなしで7000~7006kHzの周波数可変範囲を得ている。出力は約100mWと約2Wの2段階に切り替えられる。このたった2Wの出力とダイポールアンテナでカリフォルニアの局とも交信できて感激した思い出がある。この中にさらに受信部も組み込むつもりであったが、そのままになってしまった。

心に残る無線機2019年04月05日

小学生の頃からアマチュア無線に興味を持っていた。中学生になっても自力で東京まで試験を受けに行くのは田舎の子供には難しく諦めた。しかし開局していないにも拘わらず無線機は本などを参考にしながら5球スーパー等を分解した部品で何台も作っていた。ある日竹竿のアンテナの立っている家に思い切って訪問。本人は不在だったが奥さんがシャックを見せてくれた。その時に見て心に焼き付いたのが画像の送信機。何というものかはわからなかったが、自分の作ったオモチャ的無線機に比べて本物の重厚感が溢れていて打ちのめされた覚えがある。その後電波技術の増刊号で無線機の回路図集というものを購入したらその無線機が外観写真と回路図付きで紹介されていた(回路図集のP70)。ホビイという名称の電信電話送信機で、3.5と7MHzの2バンド。6BD6ハートレー発振→6AR5逓倍→6BQ6終段で変調も6BQ6のハイシング変調によるプレートSG同時変調。VFO内蔵なのだが何故かVFO用の150Vだけ別に用意する方式。これはたぶん安定化に金がかかるのでこの電源だけ受信機から取るように経済的設計をしたのかもしれない。

アーベル2019年04月06日

今日はガロアと並ぶ数学者アーベルが1829年に26歳の若さで亡くなった日。同時期に同じ分野で二人の若くして亡くなる天才が別々に輩出するのも興味深い。前にガロアについて書いた時に少し付記したが、アーベルは5次方程式が代数的な一般解を持たないことをガロアよりも早く証明した。但しこれは5次以上の代数方程式に根がないということではない。数学は殆ど独学で研究したアーベルも不遇で、他にAbel方程式、楕円関数論、2項級数論など数々の輝かしい成果にも拘わらず生前あまり認められなかった。アーベルの論文は自然な着想で流れて読みやすいと言われている。アーベルらの研究により、数や数式の集まりの間で四則演算が自由にできるものを調べておくのが便利であることが分かってきた。これが“体(field)”と今日呼ばれる。アーベルの仕事を間接的に受け継ぎ、方程式論に根本的な改革を行ったのがガロアだが、ここに至って5次以上の代数方程式が代数的に解けないことも、任意の角の3等分問題や立方倍積問題が定規とコンパスでは解けないこともすべて明快に説明できるようになった。

FDAM-32019年04月07日

家に残っている古い50MHzのAMポータブルトランシーバー。単一電池を9本も入れて使うが消費電流が少なく、長時間のポータブル運用が可能な優れ物。井上電機(現アイコム)の製品で半世紀前に購入したものだが今でも使用可能。但し50MHzバンドのAMは現在では出ている局が殆どいない。当時の50MHzAMは学生を中心に人気があり、沢山のハムが出ていて交信相手に不自由はしなかった。これは良い無線機なのだけれど交信中に発振周波数がどんどん動くという問題があった。原因はもともと安定度の低いLC発振なのに加えて、送信受信の切り替えで発振を停止させることが大きな要因。そこで発振は停止させず周波数だけ大きくずらすという方式に改造。これだと常に発振しているのでかなり効果があったが、その信号がスプリアスとして受信時混入する問題が生じた。このため次に考えたのが発振は停止させても発振用FETには電源供給し続けることでFETの特性変動の抑制をはかること。これは成功して安定度を問題ないくらいに向上することができた。このほかに変調が浅いという問題もあった。終段コレクタ変調と同時に励振段にも変調をかけるなどの苦労は見られるが十分ではなかった。この頃のメーカー製の機械はまだまだ問題が多く、それを自分で対策を考え、改良するのも自作とは異なるアマチュアにとっての楽しみだった。この無線機を持ってJH1BENやJH1OCCらと赤城山まで年中出かけ、沢山の局との交信をしたのも古き良き日の思い出。

将棋の升田賞2019年04月08日

先日、将棋の藤井聡太七段が、新手や妙手を指した棋士から選ばれる升田幸三賞を受けた。竜王戦5組の決勝で指した “7七同飛成” という誰も予想できなかった手がその対象となった。私は将棋も囲碁もわからないが解説者によると、この局面に持っていくために藤井七段は遥か以前の差し手から戦略的な誘導をはかっているそうだ。誰も考えられないような差し手を狙い通りに導く藤井七段の凄さには驚愕するほかはないが、この勝負からなぜか太平洋戦争の米国と日本の構図が思い浮かぶ。米国は日本帝国主義にターゲットを定め、冷徹な戦略を組む。日本が戦争を始めるしかない状況となるように国際情勢を誘導し、最初は日本が勝てそうな方向に導いて判断を誤らせて奈落に引き込み、最後は日本の身から出た錆で米国の描いたシナリオ通りに戦争の決着をはかるという、米国の掌の上で日本が踊らされた戦争という策略の世界。片や盤上の勝負ではあるが将棋や囲碁というものにそんな思いを重ね合わせてしまった。囲碁将棋をよく知りもせず書いているのでピントがずれているかもしれないが。

パラダイムシフト2019年04月09日

いつ頃だろうか?このパラダイムシフトという言葉が流行ったことがある。

今まで存在しなかった、あるいはつまらないとみなされていた問題が、新しいパラダイムの下に脚光を浴び、科学上の仕事の原型となる。そして問題が変わるにつれて本当の科学的解答と、単なる形而上学的思弁や言葉の遊戯、数学遊戯を区別する基準も変わることが多い。(トーマスクーン科学革命の構造より)

科学は漸進的累積的積み上げで進歩するものなのか、それともある発見に伴って飛躍的革命的変化で進歩するものなのか?相対論や量子論は革命的変化を生んだと言えるだろうが、その変化過程を眺めると累積的な積み上げを伴っているようにも見える。孤高の研究者キャベンディッシュが亡くなったあと、その実験室に残されたものを見たマクスウェルは多くの重要な発見がすでにキャベンディッシュによってなされていたことを知る。科学というものはこのように特定の個人によってのみ発見されるものではなく、その人がいなければ必ず違う誰かが発見する。パラダイムシフトを起こすのは個人ではなく、累積的な環境かもしれない。まるで毎日の気温の累積で開花する桜のように。

次の太陽黒点サイクル25の予測2019年04月10日

電離層反射による遠距離短波通信に大きな影響を与える太陽黒点についてNOAA (National Oceanic and Atmospheric Administration米国海洋大気庁)は4月5日、次の太陽黒点サイクルが現在のサイクル24と同じ程度の弱いものになりそうだと発表した。(以下その要旨)現在のソーラーサイクル(サイクル24)は低下を続け、2019年の終わりから2020年にかけて最小期 (黒点が最も少なく不活発な期間 )に達すると予想される。Solar Cycle 25は遅いスタートとなるかもしれないが、2023~2026年には太陽活動最大期となり、ピークの太陽黒点数95~130の範囲に達すると予想される。これは太陽黒点数としてはこれまでの平均以下である。一般的な太陽黒点は最大期で140から220に達するが、Panelでは次のサイクルは過去の4つのサイクルで続いた長期の太陽活動低下傾向が収まるだろうと確信している。次のサイクル25は、長い最小期の続いた現サイクル24とよく似たものになるだろう。このことからサイクル21-24に渡って見られた低下傾向は頭打ちとなり、懸念されたマウンダー型の極小期(つまりミニ氷河期)に接近している兆候はないと言えそうだ。

なお、Cycle 24は、その最大期の2014年4月に黒点数移動平均ピークが82に達した。それは太陽の北半球の黒点ピークで、その2年後、太陽の南半球が黒点ピークに達した。これは太陽の北半球と南半球の内部に夫々電磁流動があり、ダイナモのような動作をしているが夫々の位相ずれがあるため黒点ピークもずれて双峰になると解釈されている。この双方の位相にずれがあるために黒点最大期のピークも低いものとなっているようだ。いずれにしても、次のサイクル25は24より落ち込むことはなさそうだが、過去の活発な黒点サイクルのような遠距離通信に最適な時代はもう自分の生きている間には経験できなそうなのが残念だ。ただ太陽活動はそれほど活発にはならないということは、地球温暖化傾向を少しでも緩和する助けにはなるかもしれない。焼石に水かもしれないが。