反証が出るまでの仮説2019年02月26日

人間が作為的に何かを改良する方向に進む進化と、自然淘汰的
な進化を比較すると自然淘汰のほうが遥かに優れているように思える。
後者は確率的なばらつきによりある形質が生まれてそれが何世代もの間に環境に
適合する形質を持ったものが繁栄する。時間はかかるけれど恐ろしく精度の高い技術
改良が進んで完璧なまでに進化する。試行数が多くなればなるほど精度が上がる
やり方。これに比べると人間のやり方は巧妙に見えて実は見方が狭すぎる。もっとも
人間の科学も実は自然淘汰のメカニズムに組み込まれて釈迦の掌の上なのかも
しれない。
人間の科学の一つでもある自然科学は自然の絶対的正しさを出発点にしている。
自然科学のすごいところは、無謬性の追求とあくまでも反証可能な仮説という立場を
取っていることで、最終的な理論であるという主張を最初から放棄していること。
つまり、現在の理論や説は反証が出るまでの仮説に過ぎないという考え方。
このような考え方を明確に出したのはアインシュタイン。自らの相対性理論も反証を
求めた。一例としては、もし重力ポテンシャルに起因するスペクトルの赤方偏移が存在
しないなら一般相対性理論は間違っていると認める。あるいは光の湾曲の有無で相対論
の正否を見極めようとしたことなど。彼のやり方は批判的思考がベースにあるのだろう。
その後の量子論に対しても自ら反証的問いかけをボーアにぶつけた。
両者の論争はボーアの勝ちのようであるが、アインシュタインの量子論に対する執拗な
反証指向は彼の一貫した批判的思考精神に基づいている。
これは、これまでの人文哲学者たちの独断的態度とは異なるものである。

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