原発事故と甲状腺がん2019年06月01日

東京電力福島第一原発事故後当時十八歳以下だった福島県内全ての子どもを対象とした甲状腺検査で、二〇一四、一五年度に実施した二巡目の検査で見つかったがんと被ばくに関連性がないとする中間報告を、県が設置した専門家による部会がまとめたことが三十一日、関係者への取材で分かった。被ばく線量が高いとがん発見率が上がるといった相関関係が認められないことなどが理由。(東京新聞6月1日付けより)

福島では子供の甲状腺がんはこれまでに、確定者179人、疑いのある人が223人もいる。通常では甲状腺がんは100万人に1~3人と言われており、福島での発見率の高さは異常である。たしかに大規模な調査であるため、発見率は通常よりも高くなると考えられるがそれを勘案しても高いのではないだろうか。今回の中間報告では、地域を細かく分別しての被ばく量とがん発見率との間に相関関係が認められないことから、福島で見つかった甲状腺がんと事故による被曝は関連性がないと結論付けている。この結論が正しいかどうか解析した内容が分からないので何とも言えない。しかし本当にそれだけで結論付けて良いのだろうか。この結論が正しいならこれまでの甲状腺がんの発見率の異常な高さは何故なのか。この種の分析は国などの都合により恣意的な結論を誘導することができる恐れはないのだろうか?

SteppIRアンテナの使用記2019年06月04日

ビームアンテナは色々なものを試してきた。竹で作ったクワッドアンテナは1エレから3エレまで作った。特に15m用2エレキュビカルクワッドは当時としては性能上申し分なく、それほど活発ではなかった太陽黒点サイクル20でも海外との交信の面白さを十分味わえた。しかし毎年台風が来るたびに壊されて作り直しという厄介なものだった。それから10年以上を経てやっと念願のタワーを建設でき、トライバンド八木や2バンド八木、モノバンド八木など色々試した。トラップ式の八木は寿命も長く使いやすかったがトラップ損失により八木アンテナとしての性能はかなり妥協せざるを得ないものだった。また、色々な周波数で使うためアンテナを重ねて設置したが相互干渉による性能の低下は否めなかった。その後、新道路計画により土地が大幅に削り取られ、タワーも撤去。しかし無線への情熱は冷めず、残った狭小な土地でも上げられるコンパクトなアンテナを探した。12年ほど前にクランクアップタワーを新設。その時、エレメントを巻き尺式で伸び縮みできる20m~6m用SteppIR3エレ八木アンテナを選択。理由は各バンドがフルサイズで動作すること、アンテナを重ねずモノバンドアンテナ1本と同等な理想的配置が可能になることなどによる。結果は性能的には期待通りで非常に満足できるものだったが、機械的強度に問題があった。経緯は以下の通り。
2007年6月 アンテナ新設
2008年10月 導波器の駆動ユニットが故障(写真)し、ユニットを交換修理
2015年5月 反射器の駆動ユニットが故障したが放置して2エレ八木として使用継続
2017年7月 反射器の駆動ユニットを交換修理し現在に至る(現在で12年経過)
導波器と反射器の駆動ユニットは同じものでロットも同じだった。故障形態も両方同じで、巻き尺式エレメントを繰り出すモータ駆動のスプロケットの軸が折れたもの(写真参照)。この軸は絶縁が必要なため樹脂製だが、このロットは樹脂材料を強度の低いものに設計変更してしまったことで樹脂の経時的な応力割れ現象を引き起こした設計ミス(現在は強化対策済)。割れ発生までの時間には大分バラツキがあり、導波器側が1年ちょっとで壊れたのに対し反射器側は8年近く持っている。そして放射器に至っては12年経過した現在まで全く問題がない。これは放射器では給電が必要となり、絶縁構造も違うので軸の材料もロットも異なるためのようだ。途中で2度のユニット交換を強いられたのは運が悪かったが、12年経過後も性能特性的には劣化もなく、優秀である。ただ、長く太陽の紫外線に晒されているため、エレメントのケーシングであるグラスファイバーロッドの塗装の脱色が進んでいる。濃い緑色から白色化し、現在は透明になりかかった部分もあり、いつまで耐えられるのか判らない。しかし12年使えれば御の字だろう。

シーサイドライン逆走事故2019年06月05日

横浜磯子区の新杉田駅で自動運転の車両が逆走した事故は、始発の駅での運転方向の切り替えを伴う場面で起きた。外部からの命令は正しく電車に伝えられたが、モーターが逆回転したらしい。システムの途中まで正しく命令が伝わっていたことは記録的に確認されているようだが、モーターを駆動するインバータ装置の時点では正しく切替えられていなかったことになる。電車は各車両に動力を持つ分散型駆動システムだが、それが一斉に逆転したということはその手前の共通制御信号が逆転のまま維持されていたことになる。回転方向の切替はインバータのロジック入力の変更による方式だろうが、例えばその制御素子(リレーや半導体)や回路が壊れて逆転状態のままが維持されれば事故は発生しうる。疑問なのは何故逆走トラブルが起きた時にそれを検知して停止させる上位の安全装置が無かったのかという点だ。設計時に故障モード影響解析は必ず行っている筈だが、その時に逆転の発生確率を低く見積もり過ぎたのだろうか? 殆ど起こりえない故障モードであれば、経済性を考えて省略することもあるだろうが、結果が致命的と予測される場合は必ず何等かの安全装置が設けられる筈である。システム設計でオッカムの剃刀などの思考節約により、あまり複雑にしない考え方も有り得るだろうが、こと安全に関しては何重もの保護手段を講じるのが当たり前であり、オッカムの剃刀を使ってはいけない。安全装置としての異常検出は間接的に行うのではなく、必ず最終目的動作を直接検出してそれをフィードバックする制御を行うのが鉄則。この電車の場合、駆動輪の回転信号を検出して正逆や回転速度が命令値と合っているか比較すれば済む。例えば車輪の回転をロータリーエンコーダー等で常に監視していれば回転方向だけでなく速度異常その他のトラブルは全て捉えられる。安全を最優先すべきシステムなら想像力を働かせれば予想できたろうと思われるので、もし想定外だったのなら理解し難いが、今後の究明を待ちたい。

夏目漱石 夢十夜2019年06月11日

この前、夜中に寝ながらNHKラジオ第二放送の高校講座国語総合を聞いていたら女優のミムラが出演していて、漱石の短編夢十夜の第六夜をやっていた。昔読んだことはあったが、夢の話で怖い話を集めたものという程度の記憶しかない。第六夜は山門で運慶が仁王を刻んでいる話。見物客の一人が彫刻とは木の中に埋まっているものを彫り起こす作業だと言う。自分も仁王を彫り起こしたくなって家に戻り、彫ってみたが明治の木には到底仁王は埋まっていなかった。それで運慶が今日まで生きている理由がわかったという話。いつの時代にもある現時代批判と言えるだろうか?
そこで翌日、図書館に行って夢十夜を探し、読み直してみた。第七夜は大きな客船に乗っている、人生に飽きた男の話。何処に向かっているのかわからない船の上で男は何もかもが詰まらなくなり、死ぬことにした。船から海に向かって身を投げた刹那、急に命が惜しくなる。飛び込むのはよせばよかったと心底後悔するがもはや後の祭り。どこに向かっていくのかわからない船でもやはり乗っているほうが死ぬよりましだったと気づく。男は初めて、生きる大事さを悟るのだが、落ちていく自分にはもうその悟りを生かすことができないという本当の絶望感を感じる。そして無限の後悔と恐怖を抱きながら黒い海へと落ちていく。人生という船の行き先は誰にもわからない。無意味と思うことを繰り返しながら行き先もわからず生きてきて途中で断ち切ってしまう男の気持ちが理解できないわけでもない。しかし行き先がわからないというのは無意味だということとは違う。その先に何が待っているのかを見届ける方が面白い。小説も結末がわからないから途中で詰まらなくなっても我慢して読み続け、読んでよかったと思うことは多い。それに、行く先のわからない船に乗っていても、自分の行く先は自分で決めるしかない。

光の速度を計算する2019年06月12日

ある人と光の速度の話が出たので、昔自分でやったことのある光速の手計算をしてみた。中高校生にもわかる簡単な計算なので子供にやってみせると面白がってくれるかもしれない。

光速はマクスウェルの電磁波方程式から導ける。マクスウェル方程式にはファラデー則などいくつかの法則が含まれる。そのうちファラデーの電磁誘導則とアンペールの法則から
ファラデー則は μ・∂B/∂t=∂E/∂x (1) (電磁誘導の法則)
μ真空の透磁率、B磁場、E電場
またアンペールの法則から ∂B/∂x=ε・∂E/∂t (2)
ε真空の誘電率
そして電磁波を単振動の波とすれば
    E=E0sink(x-ct)  (3)
    B=B0sink(x-ct)  (4)
で表されるはず。cは光速 E0は電場の振幅、B0は磁場の振幅
(3)(4)を式(1)と(2)に代入して
    -μB0c=E0
       B0=-εE0c
従って εμ=1/c²
c=1/√(εμ)  (5)
が得られる。(5)式に真空の誘電率εと透磁率μを入れて光速cが算出できる。
真空の誘電率εと透磁率μは理科年表より(単位はSI基本単位を使用)
ε=8.85419x10e-12 (S⁴A²)/(m³kg)  但しS秒、Aアンペア、mメートル、kg質量、 10e-12は10のマイナス12乗を意味する
μ=1.25664x10e-6 (mkg)/(S²A²)
これを(5)式に代入して光速cは
c=2.99792x10⁵km/s=29.9792万km/s が得られる。

光速度とは直接関係なさそうな電界と磁界から光速(電磁波の伝播速度)が導出できるのはある意味感動しないだろうか?光が電界と磁界の相互作用ということも実感できる。光には質量がなく、単に波動が伝播しているだけなので光速になることができるとも言える。また、それゆえ光速以上の速度がない理由になるのだろう。

名前の英語表記について2019年06月13日

もう先月の話になるが、河野外相が日本人の名前の英語表記を日本語の姓名順にしろと言い出した。これは中国や韓国の慣習と同じにしたいということだ。ここで中国や韓国の真似をするなと言うつもりはないが、少なくとも外相の言うことではない気がする。外務の諸問題について真剣に取り組んでいればこんなことを考えている暇はないだろう。さて、名前の英語表記についてだいぶ前から変わってきたことは感じていた。ラジオの英語講座などでも日本語の姓名順で名前紹介をしているし、論文などの英語表記も姓・名の順になっている。若い人たちは英語表記を姓・名の順にするのが普通になってきたのだなと理解はしているからこれが今後の方向性なのだろう。自分たちが子供だった頃は名・姓の順にすると教えられて育ってきた。外国人にもこれまで日本人は名・姓の順で言うと理解されている場合が多いので変えるのは混乱が生じるだろう。そもそも英語表記は外国人に自分の名前を知ってもらうためのものであり、折角定着させておきながら又ひっくり返して分からなくするのでは本末転倒である。大体日本人は他を気にし過ぎる。イソップ物語で他人の言うことに踊らされて二転三転しロバを川に落とす親子の話を思い出す。他人と自分の習慣が違うのは当たり前であるのと同じように、他国と日本の慣習が同じである必要はない。そもそも姓名を逆に英語表記したことも節度のない日本人の先進国への追従体質から来ている。しかし、そういうところもまた日本人の長所でもあった。明治から急速な発展を遂げたのも日本人の節操のなさが功を奏しているのかもしれない。そんなわけで個人的にはどうでもよいのだが、気まぐれに慣習を変えて混乱させるのはなるべくやめて欲しいというのが本音だ。

世界難民の日2019年06月18日

明後日6月20日は世界難民の日。もともとはアフリカ難民条約発効を記念したアフリカ難民の日だった。これが世界的に深刻化している難民問題に拡張され、難民の保護や援助に対する世界的な関心を高めることや難民支援を行う国連機関やNGOの活動への理解を深め、故郷を追われた難民の逆境に負けない生き方に敬意を表す日となった。
世界でこれまでに故郷を追われた人の数は凡そ6500万人に上る。そのうち国外に避難している難民は約2500万人。主な難民の出身国上位はシリア、アフガニスタン、南スーダンである。また、難民受け入れ国上位はトルコ、パキスタン、レバノン、イランなど。先進国の中ではドイツの約70万人に対し日本は極端に少なく3000人位しか受け入れていない。日本では2017年の難民申請者2万人に対し認定されたのはたった20人しかいない。2018年でも申請1万人に対し認定者は40人だ。しかも申請して判定が出るまでに2年半もかかる。このように日本は難民に対して非常に厳しい国である。日本人は難民問題に関心を持つ人が少ないため、政治家も票の取れない課題を重要事項として取り組むことはない。日本人は同質性を好み、排他的で、外国からの人の流入に対し治安悪化などの偏見を持っていることが政治にも反映されているのだろう。その一方、日本は人口減少が続いて高齢化が深刻になっている。この問題を解決するため子供を産むことに関しては最優先課題として取り組んでいるが、その反面海外からの移民受け入れには極めて消極的である。これは日本人の民族主義意識の強さによるものか。この意識を変えていくことは容易ではないが、もう一度民族とは何か、国とは何かについてよく考えてみる必要がある。世界は偏っている。一方で食料が余り人口減少で悩む国があり、他方では貧しく食べ物もない人口過多な国がある。富や人口が均されるグローバル化は自然の流れである。外国からの移民であっても日本の国籍を得れば日本人である。日本の地に定着して二世三世が育ってくれれば日本の人口を維持することができる。難民や人口過剰な国の人を積極的に受け入れて日本に帰化してもらうならお互いに有難い筈。移民に対する狭い門を見直すには国民の意識の転換が大事だ。まずはその一歩として難民について知ることから始める必要がある。アマチュア無線でも、アフリカの国々との交信は珍重されるが、珍しい地域との交信を喜ぶだけでなく、それらの地域に暮らす人々について時に思いを馳せたい。

What is essential is invisible to the eye2019年06月22日

アマチュア無線でせっかく海外と交信するなら下手でもある程度の英語を学んでおくほうが楽しい。英語の基礎勉強にお勧めなのが寓話や童話の英語版を読むこと。平易だし内容が面白く哲学や教訓にも富んでいる。表題のWhat is essential is invisible to the eye はThe little prince に出てくる有名な一節で、知っている人も多いと思う。The little princeは1943年にアメリカで英語版が出たのが世界での最初であり、1945年に仏語原語版が出版された。英語版初版は1943年にReynal & Hitchcock社から出版されたが同じ年に版権がHarcourt, Incに移った。写真の本はアメリカで購入した英語版で、時期は後になるがHarcourt, Incの同じ本(COPYRIGHT,1943,BY HARCOURT,INCとある)。
主人公の王子はいくつもの星を訪れた後、地球を訪れてキツネに出会う。表題の一節はキツネが王子様と別れる時に言った言葉である。続けてキツネは次のように言う。 
It is the time you have wasted for your rose that makes your rose so important. Men have forgotten this truth, But you must not forget it.

表題のWhat is essential is invisible to the eye は「大切なことは目に見えない」と普通訳される。それもいいが、essentialを素直に解釈して、「本質は目に見えない」とも言えそうだ。自然現象においても、エネルギーや波動、時間、場、量子のふるまいなどは目に見えない本質である。時間は時計で見ることができると言うだろうが、それは電気的機械的に代用手段を用いて便宜上の表示をしているに過ぎず、時間そのものが見えるわけではない。その見えない時も同じ時間をどう生きるかによってその人の宝にもなり、ただ浪費されるだけのにもなりうる。心は見えないために誤解や疑念や嘘や裏切りが生まれるが、他人の心や未来が見えないからこそ絶望せずに生きてゆけるとも言えそうだ。

創造性について2019年06月26日

創造性の高い人とそうでない人はどこが違うのかという研究は色々行われてきた。米国のニュースウエブサイトQuartzの記事(以下のURL)
https://qz.com/584850/creative-peoples-brains-really-do-work-differently/  にこれまでのいくつかの研究結果が紹介されている。まず、これまでの予想に反して知能が創造的な思考に寄与する割合は少なく、IQの高さだけでは創造的な閃きを説明出来ない。創造性はむしろ知性や情緒、動機、道徳などの全般的な諸特性が関与する。そして創造的な人の共通点は心が開放的である。つまり複雑さや曖昧さを好み、不調和を許容し、混沌の中から秩序を見出す能力を持ち、自立的であり、特異で、リスクを取る。これは原始的かつ文化的、破壊的と建設的、狂気と健全さ、などの対極的な二面性が心に内在していることによる。創造的な作家には魅惑と困惑の相矛盾する二面があるが、奇妙なことに彼らにはまた心理面での健全性も認められる。なぜか?それは創造的な人は、より内省的であり、それにより自己認識を高め、自分の心の中にある暗い面や不快な面に親近感を抱く。それが理由で彼らは自己の暗い面と明るい面の全部を受容し、社会的病理にも対処できる能力が高い。むしろこのような傾向こそが彼らをより堅実にし、自己認識を深める。奔放自在に自己や世界に立ち向かうとき創造的な人は健全さと病的なふるまいが稀有な統合を成すと言える。 
一方、ある研究者は創造的な人の特徴は複雑性にあると言う。彼らは極めて個性的であり、それに対し一般人は協調的である。今日では多くの脳学者が創造性は多面的であり、ある意味滅茶苦茶であると考えている。創造性が片方の脳に宿るという右脳神話は誤りで、創造性は脳全体の働きによる。脳の想像ネットワークというものが創造性に重要な働きをする。人間はメンタルな生活の中で半分以上をこの想像ネットワークに費やしている。想像ネットワークは人の経験から形成される。その機能は3つに分けられる。それは個人的意味作り、思考シミュレーション、そして洞察である。これらによって自分たちの経験から概念の構築をする。過去を思い起こし、未来について考え、他人の考えを想像し、代替シナリオを考え、ストーリーを理解し、心や情緒に反映する。想像と実際の社会生活は脳のネットワークに共存し、自己認識を高める。しかし想像ネットワークはそれ自身のみでは働かず、脳の認知や記憶を司る上位ネットワークと複雑に絡み合ってダンスをしている。上位ネットワークは外部からの擾乱を遮断して内なる体験に同調させて、我々が想像に集中するのを助ける。創造的な脳はこれらのネットワークを自在に活性化・非活性化できる。これらの働きにより相矛盾する思考をうまく操ることができる。これにより経験していない新しい領域まで想像を広げられる。このような脳の想像ネットワークシステムと創造的二面性とによって常人では思いもかけないものを生み出す。以上のように創造的であることは狂気とも隣り合っているようだ。人は自分がより創造的でありたいと願うが、創造的であることは生きにくいことなのかもしれない。