きりぎりす 太宰治2019年12月01日

NHKラジオの「朗読」で太宰治の短編を放送している。その中で「きりぎりす」は貧乏画家に嫁いだ女性の語り口で描写される。この女性は名家に育ち、もっと良い縁談が沢山あったが敢えて冴えないこの画家に惹かれる。世間から認められない人を自分だけが理解し支えることができるというヒロイン妄想もあったかもしれない。親達から反対される中で嫁いだ。貧乏であったが妻は自分だけがこの人を支えられることが幸せだった。そのうち世間での評価が高まり画家として成功してゆく。住まいもアパートから不似合いなほどの立派な家に転居していった。しかしそれにつれて夫はどんどん無名だった頃の孤高さや純粋さを失い、只の守銭奴で嘘つきで見栄っ張りな俗物に変わっていく。最初の頃は自分だけが唯一の理解者であったのに今は世間の皆が表面だけの理解者になってしまった。妻が最初に理解した画家はもういなくて薄っぺらな上っ面が世間にもてはやされるだけのくだらない男になってしまった。妻はこんな夫に愛想を尽かして離縁しようと考える。
太宰も作家として世間に評価されて高名になるにつれ、この画家のような俗物化して堕落する自分が情けなくて仕方なかったのだろう。夫の画家とその妻はともに太宰自身かもしれない。画家の妻は最後に床下で鳴くこおろぎの音を聞いて、自分の背骨にきりぎりすが鳴いている気がした。自分はこのきりぎりすの世俗から離れた幽かな声を忘れず、自分の背骨にして生きようと妻は決意する。

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