火の動力の考察2019年05月09日

サディ・カルノーの論文で正式には、「火の動力およびこの動力を発生させるために適した機関についての考察」という長ったらしい題名がついている。カルノー以前には熱動力機関についての理論は存在せず、当時の熱動力機関の製作や改良は勘や経験のみで試行錯誤的に進めるという職人の仕事だった。判定基準や基礎的な理解も人によりまちまちであった。求められていたのは一般化された熱動力の基礎理論だったが、これを目指したのがカルノーである。カルノーは何らかの効率で熱源から動力を得るためには、高温の熱源と低温の熱源が必要であるとし、この物体の温度差から熱が移動する過程で熱を効率よく動力に変換する機関を考えた。その結果、カルノーサイクルという仮想の熱機関を考案して考察を展開する。彼の熱機関は断熱的な膨張行程と断熱的な圧縮行程、及び低温源と高温源に夫々接する2つの等温の熱交換行程とから成る計4行程の閉じたサイクルである。この理想サイクルの吟味により、理想機関の効率は2つの熱源の温度差のみに依存することを明らかにした。後にこれらから熱力学の第二法則やエントロピー概念が導き出される。カルノーサイクルは仮想に過ぎないと思われがちだが、カルノーサイクルで行程変化を逆回りにしたものがヒートポンプサイクルや冷凍サイクルと呼ばれるもので膨張弁の代わりに断熱膨張機を使えばほぼカルノーサイクルに準じた動作も実現できる。カルノーらによって作り上げられた熱力学はもう古くに完成した分野であるが、その完成度は高い。力学が進歩の中で変容していくのに比べて熱力学は少しも改変を必要としなかった。これは力学が個々の粒子の位置と運動量を全て指定しなければならない前提であったのに比べ、熱力学では個々の粒子に言及せずマクロ的な見方をする点に違いがある。熱力学はデカルトの方法論のような、対象を細かく分けていく考え方ではない点が面白い。熱力学は現代の自動車や家庭の冷暖房機器などのあらゆる熱分野における実用基礎理論として定着している。