なごり歌(朱川湊人)2019年04月25日

朱川湊人という作家は知らなくて作品も読んだことがなかった。しかしNHKラジオの深夜に放送されるラジオ文芸館で朗読された「花まんま」という話が印象的だったのでこの人の書いた小説を読んでみたいと思っていた。最近、図書館で彼の「なごり歌」という短編集を見つけたので借りてきた。読んでみたらとても面白くて引き込まれ、一気に読み進んでしまったほどだ。昭和40年代末の東京の大きな公団団地が舞台で、各話ごとにそこに住む子供たちや家族の話が語られる。夫々の話は団地という同じ空間と時間の中で繋がりながら展開される。ここに越してきたばかりの少年が公園で不思議な少年と知り合う話から始まり、団地に住みはじめた新婚夫婦の妻の意外な過去、三億円事件と同時期に起こった団地内での事件、模型飛行機を飛ばす老人、話の中のところどころに出てくる不思議な雷獣など、その団地で暮らす人達の日常のちょっとしたミステリーやファンタジーが織り込まれた悲しみや喜びの人間模様が描かれている。登場する人物は色々だが、各話でそれらの人物が関わる度合いが偶然にしては多過ぎるほどの狭い世界なのはちょっと気になる。しかし読んでいて心の安らぐ魅力的な短編の連作になっている。恐らく作者が過ごした少年時代の団地での生活をもとに書かれたのではないだろうか。