炊飯 ― 2026年02月17日
1年半ほど前だったか、米の価格が急騰してから炊飯は止め、専らパックご飯を愛用していた。
当時、パックご飯の価格は米に比べて価格上昇がやや遅れていたので米を自分で炊くのとそれほど違わないコストで済んだためだ。
しかしその後当然ながらパックご飯も追従して価格が高騰し、現在180-200gのものが数食梱包されたもので安くても150円/1食程度に上がっている。
パックご飯と自炊との選択を単にコストだけで比較すると凡そ以下のように想定できる。
米4合を炊いた場合、150g/合*4=600gが必要。炊きあがりは水分により重量は約2.27倍になる。即ち600*2.27=1362gこれを7食分とすれば一食当たり195gとなる。
炊いたご飯を7つに分けて冷凍保存する。炊飯器4合炊きの電気代その他経費を一食当たり5円とし、炊飯手間工数は無視し、米5kgの価格をXとした場合、一食あたりコストFは
F=X/(5000/(195/2.27))+5=0.01718X+5 円となる。
一方パックご飯1食当たりの価格をP円とした場合、炊飯による有意差CはC=P-F。
炊飯は手数等もあるのでC>30円は必要と想定すると、コメ価格X/5kgの場合、
P-F-30>0 よってP-0.01718X-5-30>0 、P>0.01718X+35、 X<(P-35)/0.01718
例えばパック飯の価格P=150円の場合、X<6694円が炊飯選択の要件となる。
現在の米価格は超銘柄米でなく通常の銘柄米なら5kgのものをスーパーで5000円、特売で4000円位で買える。パックご飯価格P=150円の場合、X=5000円ならC=P-F=59円安く、X=4000円なら76円安くなって自家炊飯が圧倒的に有利となる。
そんなわけで、パックご飯が急騰した現在は再び自宅で炊飯して対応している。
炊飯は面倒さを厭わなければ十分コスト的に見合うし、プラ容器などのゴミも出ないのでエコと言えるかもしれない。
当時、パックご飯の価格は米に比べて価格上昇がやや遅れていたので米を自分で炊くのとそれほど違わないコストで済んだためだ。
しかしその後当然ながらパックご飯も追従して価格が高騰し、現在180-200gのものが数食梱包されたもので安くても150円/1食程度に上がっている。
パックご飯と自炊との選択を単にコストだけで比較すると凡そ以下のように想定できる。
米4合を炊いた場合、150g/合*4=600gが必要。炊きあがりは水分により重量は約2.27倍になる。即ち600*2.27=1362gこれを7食分とすれば一食当たり195gとなる。
炊いたご飯を7つに分けて冷凍保存する。炊飯器4合炊きの電気代その他経費を一食当たり5円とし、炊飯手間工数は無視し、米5kgの価格をXとした場合、一食あたりコストFは
F=X/(5000/(195/2.27))+5=0.01718X+5 円となる。
一方パックご飯1食当たりの価格をP円とした場合、炊飯による有意差CはC=P-F。
炊飯は手数等もあるのでC>30円は必要と想定すると、コメ価格X/5kgの場合、
P-F-30>0 よってP-0.01718X-5-30>0 、P>0.01718X+35、 X<(P-35)/0.01718
例えばパック飯の価格P=150円の場合、X<6694円が炊飯選択の要件となる。
現在の米価格は超銘柄米でなく通常の銘柄米なら5kgのものをスーパーで5000円、特売で4000円位で買える。パックご飯価格P=150円の場合、X=5000円ならC=P-F=59円安く、X=4000円なら76円安くなって自家炊飯が圧倒的に有利となる。
そんなわけで、パックご飯が急騰した現在は再び自宅で炊飯して対応している。
炊飯は面倒さを厭わなければ十分コスト的に見合うし、プラ容器などのゴミも出ないのでエコと言えるかもしれない。
蛙の国 ― 2026年02月22日
いつの世でも強い為政者が国民から嘱望される。それは大昔のイソップの寓話でも描かれている。
カエルの国では国民が王様を欲しいと神様にお願いした。神様は板切れをカエル達に与えた。しかし何もできない板切れに不満を持ち、カエル達は再び神様にもっと強い王様が欲しいと訴えた。そこで神は蛇をカエル達の王様とした。強い蛇はカエル達の希望にピッタリで皆が大喜びし、カエルの国の王様となった蛇の支持率は80%にも上がった。
しかしその後カエル達は蛇に食べられてカエルの国は衰退した。
残ったカエルは、まだ何もできない板切れのほうがましだったと嘆いた。
世界情勢が不安な時代は強い指導者の人気が上がるのは当然だが、その結果の最終責任は結局それを選択した国民が負う事になる。太平洋戦争の初期は国民がこぞって当時の軍事政権を賛美し称えた。ドイツでも独裁者の登場は国民が待ち望んだものだった。国民が待ち望むから忌わしい政権も生まれる。そしてずっと後になって国民は自分達が被害者であったような振りをする。決めたのはポピュリズムに乗った自分達であったのに。
国民の選択が正しかったのかどうかはずっと後の歴史でしかわからない。だからせめて世間での人気や風潮に乗せられるのではなく、一人一人が自分の頭で将来の行方を深く洞察して判断することが大事である。
カエルの国では国民が王様を欲しいと神様にお願いした。神様は板切れをカエル達に与えた。しかし何もできない板切れに不満を持ち、カエル達は再び神様にもっと強い王様が欲しいと訴えた。そこで神は蛇をカエル達の王様とした。強い蛇はカエル達の希望にピッタリで皆が大喜びし、カエルの国の王様となった蛇の支持率は80%にも上がった。
しかしその後カエル達は蛇に食べられてカエルの国は衰退した。
残ったカエルは、まだ何もできない板切れのほうがましだったと嘆いた。
世界情勢が不安な時代は強い指導者の人気が上がるのは当然だが、その結果の最終責任は結局それを選択した国民が負う事になる。太平洋戦争の初期は国民がこぞって当時の軍事政権を賛美し称えた。ドイツでも独裁者の登場は国民が待ち望んだものだった。国民が待ち望むから忌わしい政権も生まれる。そしてずっと後になって国民は自分達が被害者であったような振りをする。決めたのはポピュリズムに乗った自分達であったのに。
国民の選択が正しかったのかどうかはずっと後の歴史でしかわからない。だからせめて世間での人気や風潮に乗せられるのではなく、一人一人が自分の頭で将来の行方を深く洞察して判断することが大事である。
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