人生の黄昏時2021年02月01日

家が狭いので余計な物はなるべく持たない主義で生きている。しかし最近は広い家なのに物を処分している人も増えた。コロナ禍や高齢化に伴い、自分の余命というものを認識するようになったせいだろうか。要らない物は処分した方が良い。だが好きだったことまでやめたり、大事にしていた物まで処分するのはどうだろうか? もちろん本意ではなく、家族などから責められて仕方なくという人も多いのだろう。世間が皆そうやっているからというのもあるかもしれない。しかし本当にそれで構わないのだろうか? 死が近い人が身辺整理をするのは分かるが、あと20年以上生きそうな元気な人まで終活とやらに草木もなびくという有様は理解し難い。私にはそれらが老後の生きがいを失うだけの残念な行為に見えて仕方ない。趣味や、自分がこれまで打ち込んできたことは生きがいの大事な要素である。現役のころは仕事に追われてなかなかできなかったことがリタイヤしてやっと思う存分やれるようになった。それをやめたり整理してしまったらもう生きる意味を失うに近いのではないか。人や社会に合わせる生き方もあるが、他人が何と言おうといつまでも好きなことに打ち込み続ける生き方もある。むしろ好きなことにしがみついて生きるのは素敵なことだと思う。そんな生臭さこそ生きるということの本質ではないだろうか? 他人から見たら価値のないものに打ち込んだり、何かを集めたり、こつこつと自分で続けてきたことの価値はその人にしかわからない。世間の価値観に惑わされて大事なものまで捨ててしまうのは勿体なさすぎる。自分が続けてきたことは死ぬまでやめない。むしろ一生かけて極めたい。そんな自分勝手な生き方も良いのではなかろうか?どうせ一回きりの人生なんだから。